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ところで

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しぜんに眠たくなって
しぜんに眠る

そんな夢をみながら
ぼくはうたがっている

うたがっているのは
いつだって

あたまではなく
からだだ

ほかのどこにもない
たったひとつの
からだだ

ところでぼくは
うたがうばかりで
生きていけるだろうか

意思もなく
花に吸い寄せられていく
あの蝶々の飛行なくして
ぼくは生きていけるだろうか

あのささやかな陶酔の経路さへなくして
ぼくは生きていけるだろうか

ただ夢みるだけでもいいのだ

しぜんに眠たくなって
しぜんに眠る

そんな夢をみながら
ぼくはのがれがたく
うたがっている







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自然

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天気のへんかに

体調をくずして

きよわになっている

ぼくもまた

自然








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イヌとネコ

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アノコノコト好キナノ、って

イヌにきいたら

いつもとおなじ目で

こっちを見てる

ネコにもきこうと思ったけど

ネコにはきかない

だってネコはねてるから











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合図

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きみがぼくに

合図する

まるで病気がないかのように

まるで死がないかのように

ふるまうことなんてできない

風景に溶け込ませるようにして
選んだ服の下で

苦悩に骨が輝いている

この輝きで

きみがぼくに

合図する










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問い

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瞬間ごとに問いかけられている

いつもまったく違う問われかたで

晴れ間がみえたかと思うと

瞬時に曇り

やがて雨がふりだす

この変化の激しい問いの過酷さに
建築家は設計図を描き
大工は屋根をつくるだろう

けれどもこの道は
有漏路から無漏路へ帰る道

「向こう側」からは
いつだって
家は泣かされ
設計図は問われ
屋根は問われ

そして体はまた
投げ出されたようにして
問われる

瞬間ごとに

いつもまったく違う問われかたで










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蝶々

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鳥が、飛び立つ

と、一行書くと、ぼくは落ち着く

ほら、と書いば

自分で、自分の肩に手をかけるよう

不調な日が続き
明日は良くなるにちがいないと
回復をじっと待つのだが
やがてその不調さが常態となってしまうような
そんな現実のつまらなさに味気なさに

打ちのめされそうになっているぼくに
最後まで寄り添ってやれるのは
ぼく自身だけなのだ

「過剰さ」は癒えない

だからぼくがぼくを見捨てることはできない

色のない失語の花に
とまる
ちょうちょう

この蝶々が塀を越えていくことを夢想して

ぼくはまだ何かを書こうとしている









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もうだめだ

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もうだめだ、と言えば
顔をしかめられる

もうだめだ、と言えば
励まされる

もうだめだ、と言えば
分析される

もうだめだ、と言えば
薬を飲まそうとする

もうだめだ、と言えば
治そうとする、正そうとする

だれも

素直に聞けない

もうだめだ、という言葉を

ぼくだって









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そりゃそうだけど

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否定的な感情や物事に対する
積極的な対処法をぼくは知らない

ぼくには
ただそれらに対する憐れみがあるだけだ

それらに対する
積極的な対処法を示す多くの言葉に
ぼくがいつも思うのは

そりゃそうだけど、ってことだ

そりゃそうだけど、って事を超えて
示される方法は未だに聞いたことが無い

そしてこれからもたぶん聞くことはないだろう

もしあれば、それこそ教えて欲しい








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想像力

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想像力は万能じゃないけど

やまいの過剰さに対する
第一級の武器だとも思う

たとえ病気が治らなくても
もしも病気じゃなかったら、と考えることができる

ここに寛容があるような気がするんだ

しかも自分の欲望を力に変えられる
仏教などの「無」とはことなる寛容が

でも当たり前だけど想像力は万能じゃない

だって想像力なんて想像できる状態、状況の時にしか働かないんだから

自然の過剰さの中で
サイコロのように転がって生きるほかないのに
自分の内側の世界なんてどれだけ脆弱なものか分かっている

でも現実は苦しいじゃないか...

苦しいだろ?

ぼくは苦しい

だからぼくは想像力を少しでも働かせられるように努めたい

そして想像力が現実に働きかけるあらゆる力にくらべて

切実じゃないなんて

けして思わない

まして無力なものだとも思わない






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ああすればいいとか、こうすればいいとか

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ああすればいいとか
こうすればいいとか

なんでうそをつくんだろう


ぼくは「瞬間の絶対性」からは逃れられないと思っている

この瞬間、次の瞬間に
ぼくが何をしでかすか分からない
ぼくの隣にいる人が何をしでかすか分からない
そのような「瞬間の絶対性」には認識は遠く及ばない

社会や心や脳や体のしくみがいくら解明されても

ぼくが生きなければならないのは
自然の過剰、身体の過剰、関係の過剰が電光石火で衝突する
この「瞬間の絶対性」のうえでだ

ああすればいいとか
こうすればいいとか

なんでうそをつくんだろう






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